パークネットの物語 — インターネット黎明期から未来へ
はじめに
「パークネット」という名前を初めて聞く方も多いかもしれません。 しかし、パークネットは1990年代のインターネット黎明期から存在する、日本のインターネットの歴史とともに歩んできたISP(インターネットサービスプロバイダー)です。
このページでは、パークネットがどのような経緯で生まれ、なぜ一般社団法人サイバー技術・インターネット自由研究会(INET6)が事業を引き継ぐことになったのか、その物語をお伝えします。
黎明期の小規模ISP — 失われつつあるインターネットの原風景
1990年代、日本各地に多くの小規模ISPが誕生しました。
当時の大手ISPでは難しかった柔軟な固定IPアドレスの割り当てや、低コストでのインターネット接続を提供し、日本のICT人材の育成に大きく貢献してきた存在です。自宅サーバーを立て、BGPを学び、ネットワークの仕組みを手を動かして理解する——そうした経験を支えたのが、まさにこれらの小規模ISPでした。
パークネット株式会社もそのひとつです。代々木上原に拠点を構え、固定IPアドレスによるインターネット接続サービスを長年にわたり提供してきました。
しかし、時代の流れとともに多くの小規模ISPが姿を消していきました。大手への統合、経営者の高齢化、後継者不在——理由はさまざまですが、黎明期のインターネットを支えたインフラが静かに失われていったのは事実です。
突然の危機 — 創業者の急逝
パークネットにも、その危機は突然訪れました。
社長である外山氏が急逝されたのです。
事業を引き継ぐ後継者は見つからず、既存の顧客へのサービス提供をどう継続するかが喫緊の課題となりました。サービスを維持したくとも運営を担える体制がなく、やむを得ず事業を廃止せざるを得ない——そうした厳しい状況に直面していたのです。
転機 — ひとつの相談から始まった
転機は、関係者を通じて、SoftEther VPNの開発者として知られる登大遊氏にこの話が伝わったことでした。
「パークネットのISP事業を引き継いでくれる人はいないだろうか」
登氏はこの話を受け、自身のネットワークを通じて興味を持つ有志を募りました。2022年4月20日、第1回の作戦会議が開かれ、18名の有志が集まりました。
会議では3つの選択肢が議論されました。
- (a) 既存のパークネット株式会社をそのまま引き継ぐ
- (b) 既存の別法人に事業を移管する
- (c) 新たに法人を設立して事業を引き受ける
議論の結果、(c)の新法人設立案に多数が賛成しました。パークネット側からも、「事業を継続してもらえれば、ユーザーへの影響を最小限にできるので大変ありがたい」という見解が示され、事業承継に向けた取り組みが始まりました。
有志たちの決意
第2回会議(2022年5月19日)では、18名の有志がそれぞれ出資の意思を表明しました。
全員が本業を持ちながら、ボランティアとしてこの事業を支える覚悟を示したのです。「もし誰もいなくなっても自分は続けたい」——そんな声もありました。
同月には、代々木上原にあったパークネットの設備を目黒へ移設する作業も行われました。物理的なインフラの移転という、地味だけれども不可欠な作業を、有志たちが自らの手で実施したのです。
事業承継の完了
2023年7月7日、一般社団法人サイバー技術・インターネット自由研究会が正式に設立され、2024年4月12日にパークネット株式会社との間で事業承継契約が正式に締結されました。
外山氏とご家族が長年にわたり守り続けてきたISP事業を、一般社団法人が引き継ぎ、モダンな運営基盤へと移行していく——その長い道のりの、正式なスタートラインです。
これから
承継した商用ISP事業の近代化に取り組んでいます。
- ISPポータルサイト「Atlas」の開発 — Excelベースの顧客管理から、モダンなWebポータルと自動課金システムへの移行
- フルルートAS運用への移行 — 自律システムとしての本格的なネットワーク運用
パークネットの名前には、1990年代から続くインターネットの記憶が刻まれています。私たちはその記憶を大切にしながら、次の時代へつないでいきます。
「90年代に栄えた伝統的なプロバイダーに根付く温故知新の精神を吸収した、応用的な新しいインターネット会社により技術革新をもたらす」
— 社団の憲章案より
運営元について
パークネットは、一般社団法人サイバー技術・インターネット自由研究会(INET6)が運営しています。研究会の理念や活動についてはそちらをご覧ください。